「第2回P-drugワークショップ」に参加して
[Journal of Integrated Medicine (JIM) vol.10 no.1(Jan. 2000): 72-75より]

萩原万里子

 第2回P-drugワークショップは,1999年8月27日より29日までの3日間,滋賀県大津市大塚比叡山荘セミナーハウスで,美しい琵琶湖を眼下に, 活発かつ和気あいあいに開催されました.主催はP-drug ネットワーク〔P-NET-J/代表:津谷喜一郎・東京医科歯科大学難治疾患研究所情報 医学研究部門(臨床薬理学)〕,組織委員長;内田英二(昭和大学医学部第2薬理学),後援;日本臨床薬理学会,日本薬剤疫学会,協力;大塚 製薬(株)という準備運営体制でした.

*ワークショップの運営について

 今回の参加者は34名,顔ぶれは多彩であり,大学,病院,企業などからの医師,薬剤師,研究者などでした.国籍もネパールからの講師, マレーシアからの参加者(E-drugのメーリングリストを見て参加)を含めて北海道から九州まで日本全国から集まり,国情や地域性もふまえて 活発な討議が行われました.

 講義は,International Network for Rational Use of Drugs(INRUD)という世界的ネットワークで活躍されているKumud Kumar Kafle先生 (Head, Dpt. of Clinical Pharmacology Institute of Medicine, TU Teaching Hospital, Kathmandu, Nepal)を中心に英語で行われ,今回の組織委員 長の内田先生が進行を,津谷先生がサポートを務めて下さいました.テキストとして“Guide to Good Prescribing : A Practical Manual― Action Programme on Essential Drugs―”(Geneva,WHO,1995)およびその日本語版の『P-Drugマニュアル―WHOのすすめる医薬品適正使用』 (医学書院,1998)が,適正な処方のプロセスを段階的に指導し,また臨床医として必要とされる技量を教える書として紹介されました.

*ワークショップの内容

 まず参加者の自己紹介から始まり,コースの目的などの概要説明や,WHOにおける“Essential drug : E-drug”(必須医薬品)選択の基準につ いて説明がありました(表1).私は当初このE-drugをP-drugと混同していましたが,要はWHOなどの世界 レベルで「限定」された薬のリストが“E-drug”で,個々の医師のレベルで「限定」されたリストが“P-drug”であると理解できました.双方ともその 「選択プロセス」が重要ということです.

 次に適正な治療,適正な処方の手順(表2)が,4歳小児の下痢例を用いて述べられました.実際,治療 を選択するには2つの重要な段階があります.第一段階はまず,一連の選択プロセスを通して得られるわれわれの“第一選択薬の治療”を決 めていくことであり,第二段階はわれわれの第一選択の治療がこの特定の患者に適切であるかどうかを確認することです.この作業で,下痢 に対する相談や処方というごく簡単にみえたことの中に,実際には専門家としての分析による何段階かのプロセスが必要とされていることが明 らかになり,治療法を選択し,実施するにあたって,表2のような基本原則に則った臨床実習を積む必要 性と,国などの地域差によってそれぞれの事情や疫学,経済性なども考慮していく必要性を感じました.

 そしていよいよ本題,P-drugのコンセプトと有効薬物群,P-drug選択について紹介がありました.例えば改めて定義するに,私たちが比較的 短時間にそれぞれの患者さんに適切な薬物をどのように選択するかというと,それはP-drugによるものであり,P-drugは通常処方するわれわれ 自身が選んだ使い慣れた薬物で,これらの薬物はそれぞれの適応について優先的に選ばれたものです.P-drugのコンセプトは,薬物の単なる 名称ではなくて剤形,用量計画,治療期間をも含んでいるものです.

 P-drugは国や医師によって異なりますが,それは薬物の入手の難易度,費用,それぞれの国民医薬品集,必須医薬品リスト(E-drug),医学的 な文化,情報の個人的解釈などに多様性があるからです.しかし,原則そのものはすべてにあてはまります.P-drugによって,私たちは日常診療 において適切な薬物を繰り返し探し回ることを避けられ,そしてP-drugをいつも使用することでその効果と副作用を熟知できますが,このことは 患者さん側にも有益なことといえます.

 ここで混同しやすいのがP-drugとP-treatmentです.P-drugとP-treatmentとは似ていますが異なるもので,すべての病気が薬物による治療を 必要としているわけではないという認識が重要です.あらゆるP-treatmentがP-drugを含むわけではありませんが,P-drugの選択の方法は P-treatmentの場合とよく似ているのです.

 自分自身でP-drugのセットを作成するにあたり,患者さんの健康に最終的な責任を持つという自覚に基づき,常に自分自身でよく考えるべきで ありますし,それにより,薬理学的な特性とデータをどのように扱うかに習熟するようになり,P-drug作成にあたってP-drugが利用できない(副作用 や禁忌など)場合や入手できない場合に代替薬を選ぶことが容易になり,新しい薬物の情報を効果的に評価できるようになります.

 今回は,まずはよくみられる状態,次に合併症や禁忌例がある状態として,主訴が発熱と咳嗽の3歳の肺炎男児例,次に22歳妊婦の上腕膿瘍 例などの事例を用いて,P-drug選択の過程について一般的な5段階の情報が示されました.リストを作成すると,簡単でわかりやすくなります (表3)

 1) step i:診断を定義する
 個々の患者の問題を注意深く定義し,その疾患の病態生理を学ぶべきである.

 2) step ii:治療目標を特定する
 薬物によって何を達成したいかを,正確に定義し,明確にするほど,P-drugの選択は容易になる.病態生理を知ることによって薬物の作用点や 達しうる最大の治療効果がわかる.

 3) step iii:有効な薬物群の目録を作成する
 この段階では,治療目標と各種の薬物との関連づけを行う.選択の基準は多かれ少なかれ共通である.いかなる薬物群でも最初の選択基準は 有効性(efficacy)にある.

 4) step iv:クライテリアに従って有効な薬物群を選択する
 有効な薬物群の薬理学的作用を,有効性(efficacy)に加えてさらに安全性(safety),適合性(suitability),および費用(cost)の3つの基準 (表4)を用いて比較する(%,−〜+++など).

 @) 有効性(Efficacy):薬力学と薬物動態学(吸収,分布,代謝,排泄)のデータをも示し比較する.

 A) 安全性(Safety):可能性のある副作用,毒作用をまとめて比較する.

 B) 適合性(Suitability):最終的なチェックは個々の患者について行われ,禁忌,生理的状態(妊娠,小児,高齢者,授乳期など),合併症,食物 や他の薬物の影響など各種の側面を考慮してP-drugを選択することになる.扱いやすい剤形(錠剤,液剤,散剤など)や服用法も考慮するべきで ある.

 C) 治療費(Cost):先進国でも発展途上国でも,また医療費が国,保険会社,組合,あるいは個人によって負担されていても,治療費は常に重要 な選択の基準となる.処方単位の費用というよりは,常に総額を考えるべきであり,費用の計算は個々の薬物の選択にあたり現実的な問題である.

 ここまでの段階で有効性,安全性,適合性,費用に基づき,最終的な1〜3種類の薬物群を選択して次のステップに進むことになります.

 5) step v:P-drugを選択する
 P-drugの選択過程にはいくつかの段階があり,原則的に治療ガイドラインを含めてすべての主要な情報を収集し,吟味することを怠るべきでな い.

 @) 活性物質と剤形を選択する.

 A) 標準用量計画を選択する.

 B) 標準治療期間を選択する.

 P-drugを患者さんに処方する場合には,治療の継続期間を決める必要がある.疾患の病態生理と予後を知ることで通常はどのくらいの治療期 間にするべきかを予想できるし,治療期間が不明であればモニターの間隔が重要になる.

 以上のTutorial Demonstrationが行われた後,実際に4〜6人ずつのsmall groupに分かれて,まずはよくみられる症例について,次に合併症など 適合性を考慮する例を用いて,上記の手順に従ったP-drug選択の実習が行われました.各グループで発表後,皆で比較討議を行いました.

 後半はそれぞれ持ち回りで,実際に模擬患者(patient),医師;処方する人(prescriber),タイムキーパー(recorder),コメンテーター(commentater) となり,具体的にprescriberがきちんと問題を患者さんから聞きだして自分のP-drugを選び出して,きちんとコミュニケーション(情報開示,説明等) して,処方箋まで書いたかどうかということを評価するロールプレイが行われ,それぞれまた発表,全体で討議が行われました.

 最後の全体セッションでは,皆でこのコースで学んだことの感想や,今後日本でP-drugをどう展開させていくかの計画案,さらに関連する事項の 紹介などが討論されました.

*おわりに

 私自身は,とくにP-drug選択におけるcostという観点が今回大変新鮮であり,efficacy,safety,suitabilityという今まであまり意識せずに行って いたものに加えて,より論理的に今までの薬やこれから続々と出る新しい薬物の使い方に今後役立てていければと思いました.

 このP-drugワークショップは今後も毎年行われる予定で,とくに医学部高学年学生や卒後研修医にとっては,医薬品の合理的な適正使用に ついての理解と,その実践のための技術を習得できる絶好の機会です.このワークショップが日本における“医薬品の適正使用”を普及し,医 療の質の一層の向上に貢献することを心より願って筆を置きたいと思います.

文 献
1) de Vries TPGM, Henning RH, Hogerzeil HV, Fresle DA. Guide to Good Prescribing, Geneva, WHO, 1995[津谷喜一郎,別府宏圀,佐久間昭(訳). P-Drugマニュアル―WHOのすすめる医薬品適正使用,医学書院,1998]

2) Hogerzeil HV, Bimo, Ross-Degnan D, Laing RO, et al. Field tests for rational drug use in twelve developing countries. Lancet 342 : 1408-1410, 1993

3) de Vries TPGM, Henning RH, Hogerzeil HV, et al. Impact of a short course in pharmacotherapy for undergraduate medical students : an international randomised controlled study. Lancet 346 : 1454-1457, 1995

〈参照ホームページアドレス〉
●P-drug
http://www1.sphere.ne.jp/p-drug/
●E-drug
http://www.healthnet.org/programs/edrug.html
●JANCOC
http://cochrane.umin.ac.jp/


はぎわら まりこ 都立荏原病院神経内科
〒145-0065 東京都大田区東雪谷4-5-10
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