第2回P-drugワークショップに参加して
The 2nd P-drug workshop held in Japan
[臨床評価(Clinical Evaluation) 2000; 27(3): 575-8より]

安藤病院内科・斉尾武郎

1.P-drugワークショップへの参加

 1999年8月27日より29日、第2回P-drugワークショップが開催された。会場の滋賀県大津市の大塚比叡山荘は、洛東から琵琶湖へと 抜ける樹木の生い茂った比叡山の山道を登りつめた別荘地にある、大塚製薬の研修施設だ。清潔で眺望もよく、快適な施設であった。 医師、薬剤師、製薬会社社員など32名の参加者が集い、昼は講義・トレーニング、夜はそれぞれが医療の現場で抱える問題を語りあい、 密度の濃い3日間を過ごした。

 そもそもP-drugとは、何だろう?「自家薬篭中の薬」のことである、と言われても、すぐには理解できないかもしれない。日本で初めてP-drug がまとまった形で紹介された訳本『P-drugマニュアル WHOのすすめる医薬品適正使用』1)(津谷喜一郎、別府宏圀、 佐久間昭訳.医学書院,1998)の「訳者まえがき」には、江戸時代の、三段の引き出しのついた薬箱(薬篭)の写真が掲載されている。この 古風な日本語と、WHOの推進する「医薬品の合理的使用」(The rational use of drugs: RUS)コンセプトのキーワードのひとつである Personal drugsすなわちP-drugのミスマッチが、このコンセプトを理解する鍵となるかもしれない。

 また、訳者の1人である津谷氏の総説「P-drugをめぐる世界的状況 医薬品の適正使用のために」が、ワークショップの数週間前に 「医学界新聞」に掲載され、現在もwebでみることができる(http://www.igaku-shoin.co.jp/)。 ここにP-drugの方法論や、近年急速に普及したEBMとの関連性などについて整理されており、事前学習用の資料も豊富に提供されていた ように思う。

 私がワークショップに参加したのは今回2回目で、前回は1999年12月、WHOからHans V. Hogerzeil氏を講師に招き、1日だけのプログラム だった2)。Hogerzeil氏は、上述した『P-drugマニュアル』のオリジナル、1994年にWHOから刊行された “Guide to Good Prescribing : A practical manual ”の著者のうちの1人である。WHOの推進する必須医薬品プログラムの一環 としてこの本は出版された。「医薬品の数は何千、何万もなくてよいのだ、真に安全で有効な、限定された数の薬が、それを必要とする人に 届けられるべきだ」という必須医薬品の趣旨3)に基づき、医師や薬剤師がそれぞれの診療現場で真に必要な薬のリストをつ くり、薬剤疫学や、薬物動態学・薬理学的な作用機序にも気配りしつつ目の前の患者への治療をすすめてゆく。この方法論を示すのが上記 のテキストである。

 前年の講師Hogerzeil氏の勧めにより第2回目は2泊3日の合宿形式になり、講師にはネパール王国よりKumud Kumar Kafle氏 (Dept. of Clinical Pharmacology, Institute of Medicinr, TU Teaching Hospital)を招き開催された。講師の招聘、プログラム作成は、ワークショップ 組織委員長の内田英二氏(昭和大学助教授)、P-drugの日本での普及のため組織されたP-NET-J(P-drug Network in Japan)代表の 津谷喜一郎氏(東京医科歯科大学助教授)が中心となった。また、国際的な医薬品問題を議論する英文のメーリングリスト Essential-drug discussion list(http://www.healthnet.org/programs/edrug.html) で、津谷氏が案内をアナウンスしたことにより、マレーシアの臨床薬理学者Abdul Rahman Noor氏も参加された。講義は、平易な英語で行われた。

2.ワークショップの流れ

 第1日目は、最初に、必須医薬品(Essential drugs: E-drug)の概念、選定手順についての講義があった。「必須医薬品」とは、WHOが 発展途上国で必要な医薬品を入手できない人々が大多数を占めている状況への対策として、最小限必要な医薬品のリストを作り「WHO必須 医薬品モデルリスト」として示す、という方法により、1977年に提唱したコンセプトである。このリストはWHOの示すモデルをmodifyして、個々の 国の「国家医薬品政策」の中で状況に応じて選定されるべきものとされる。

 次の時限で、理に適った処方の実際についての講義が行われた。1) 患者の持つ医学的な問題を同定し、2) 治療の目的を明確に特定し、 3) 薬物療法と非薬物療法による介入、他医への紹介なども含めた選択肢を検討し、4) EBMの方法論に基づき有効性、安全性、適合性、 その他の要因を吟味し治療方法を選択して処方箋を発行し、5) 具体的に患者に薬物療法の説明・指示をし、6) さらに経過を見ていく、という ステップを踏んだ方法である。

 続いて、P-drugの説明が行われた。あらかじめ上述のE-drugを選定する方法に準じた手順により、個々の医師が「自家薬篭中の薬」 あるいは「自分の手持ちの薬」(Personal drug)として使用方法を検討し優先的に処方する薬物のリストを作成しておく。さらに個々の患者の 疾病や社会状況に応じて、最も相応しい処方(Patient drug)をし、具体的な指示をする。EBMではあくまでもエンドポイントの達成度を基準に 薬剤の使用を考えるが、P-drugにおいては副作用や投与方法をきめ細かく考える。が、最初の段階での薬物群の選択や各段階における 患者の状態とみあわせた合理性を吟味するためにEBMの手法は欠かせない。つまり、E-drug、P-drug、EBMそれぞれの概念を理解して 統合することが求められるのだ。

 第2日目は、小グループ討議が中心で、与えられた症例(とは言っても極めて単純化したもの)について、P-drugをグループ内で選定し、 その内容を全体会で発表し、討議を進めた。また、グループごとにロールプレイの形式で、模擬患者、医師または処方者、タイムキーパー、 コメンテイターの役割を演じながら、P-drugをいかに診療現場で実践するかをシミュレーションした。

 最終日では、それぞれの職場で、P-drugに沿った医療をいかに推進するかを総合討議した。P-drugのトレーニング方法は、医学・薬学の 教育の中で、知識の蓄積や診断学を重視する傾向を、臨床の現場で個々の患者を「治療する」視点に重きを置く方向へと向かわせ、教育 方法の中に取り入れられてこそ、その普及が果たされる。また、医療の現場で医師と薬剤師それぞれの役割分担と共同作業が円滑に 行われてこそ、実践可能となる。しかし今回の合宿の参加者が大学や医療の現場に帰ったときに、自身の処方行動を吟味する方法としては 有効であっても、それぞれの現場で実践し、さらに広めていくためには、多くの壁がたちはだかっていることも、議論の中で明らかになった。

3.E-drug、P-drugをめぐるコミュニケーション

 E-drugやP-drugを理解し実践していくには、国際的な医薬品の動向を把握しておくことも肝要である。3日目の総合討議では、前述した E-drug discussion listも紹介された。ここでは、具体的な薬剤の使用方法というよりは、薬物をめぐる国際情勢が議論されている。医薬品の 適正使用の推進には、国際的な医薬品の適正配分や医療倫理の問題も深く関係している。また、発展途上国や紛争地、災害の現場で、 どのような医薬品が必要とされ、いかにして調達可能となるか、なども議論され、本来人間にとって必要な医薬品とは何か、様々な現場の声から 学ぶことができる。

 このメーリングリストは英語で議論が行われている。E-drug mailing listには私も臨床家の立場から時々投稿しているが、日本からの発言は 非常に稀で、国際的な医薬品問題についての議論に日本の医療人が何らかの国際機関に所属するのではなくフリーな立場から参加することが 難しいのは、日本の医療環境の特殊性もあるだろうが、言語の壁も大きいだろう。

 そこで、ワークショップの1ヶ月ほど前に私が管理者となって立ち上げたのがE-drug-Jメーリングリストである (http://member.nifty.ne.jp/saio/E-Drug-J.html)。総合討議のセッションで、 そこで行われている議論の様子を紹介させていただいた。ワークショップ参加者が終了後にsubscribeしてくれたケースもあり、現在メンバーは 140名ほど、国際保健を中心に、EBMに関する話題や日常診療における疑問、書籍や講習会の紹介、医療倫理や医療経済学などにも広がって、 気軽に、活発な議論が交わされている。

4.日本におけるE-drug、P-drugの意味

 冒頭で述べた『P-drugマニュアル』の共訳者である別府宏圀氏は、日本では、「医薬分業が行われず、医師は処方箋を書くとともに自分で 薬を調合(販売)することが認められていた。」また、「国が定めた価格(公定価格)と実売価格の間には大きな開きがあったため、仕入れたときの 金額と医療保険基金から支払われる金額との差が病院・診療所にとっては魅力ある収益源になっていた(薬価差益)。」と述べている 4)

 実際、「真に必要な医薬品」を選定し、「合理的な処方」を実践するための方法を検討してゆく必要性を臨床家として感じる。薬価差益のため 多剤投与などの不適正な薬物使用が病院経営者の意向で進められる場合も依然としてあり、副作用が生じたという話を医師仲間からしばしば 聞く。これは医療費償還政策に医薬品が主要な機能を果たしており、医薬品使用の合理性以上に病院経営のための便益性が重視された結果 だろう。

 幸いなことに、ワークショップへの参加を機に、同じく今回のワークショップ参加者の薬剤師2名と津谷氏が訳出をすすめていた「必須医薬品の 選択」(“Managing Drug Supply5) 第10章“Managing Drug Selection”、本誌579頁より)の翻訳作業に加わり「臨床評価」 本号に掲載することになった。第10章の著者は第1回目のワークショップ講師Hogerzeil氏である。この著作の中に、「必須医薬品リスト」の開発と その使用は、医薬品の生産から末端のユーザーである医師、患者に供給されるまでのあらゆる局面と関わっており、国家的な政策決定の意思が 働かず民間で作成されたリストや、定期的に更新されないものは失敗しやすい、とある。これまで先進国で試みられた必須医薬品政策は、医療 保険の償還金の割合に序列を設けることで機能させた、という話題も、海外のメーリングリストで語られていたことがある。

 E-drug、P-drugの概念や方法論を日本で普及させるための方途を、次回ワークショップに向けて検討し、そうした課題も語り合える場としたい。 参加者が、学んだことをそれぞれの現場に持ち帰り、次のワークショップで発展的に検証しあえることになればと希望する。


参考文献

1) 津谷喜一郎、別府宏圀、佐久間昭(訳). P-drugマニュアル WHOのすすめる医薬品適正使用. 医学書院: 1998.〔原本 :T. P. G. M. de Vries, R. H. Henning, H. V. Hogerzeil, D. A. Fresle. Guide to Good Prescribing : A practical manual. Geneva: World Health Organization; 1995.〕
2) 斉尾武郎. P-drugワークショップ参加記. 日本医事新報 1999; 3902(1999.2.6号): 75-6.
3) 津谷喜一郎. 薬と国際保健. In: 津谷喜一郎, 仙波純一, 編. 薬の歴史・開発・使用. 放送大学教育振興会; 2000: 144-60.
4) 別府宏圀. 薬の適正使用−P-drug−. In: 津谷喜一郎, 仙波純一, 編. 薬の歴史・開発・使用. 放送大学教育振興会; 2000: 119-27.
5) Management Sciences for Health in collaboration with the World Health Organization. Managing Drug Supply : The Selection, Procurement, Distribution, and Use of Pharmaceuticals, 2nd ed. West Hartford, Connecticut, USA: Kumarian Press; 1997.




P-drugホームページへ戻る
第2回P-drugワークショップ(1999.8.27〜29 比叡山)へ戻る
日本でのP-drug関係論文・記事リストへ戻る