P-drugと薬剤師 −P-drugワークショップ参加記−
[月刊薬事 2000. 2(Vol.42 No.2): 311-315より]

共立薬科大学社会薬学研究室・松本佳代子
五月会青山第二病院薬剤部・吉田真紀子

●はじめに

 近年、“エビデンスに基づいた治療”“エビデンスのある○○”などと書かれた広告、エビデンスに基づく医療(evidence-based medicine:EBM) に関連する書籍がさまざまなところで見られ、EBMの研究会なども開催されるようになってきた。

 EBMとは、個々の患者に治療を行う際に、経験や直感に頼らずに、入手可能な最善の科学的根拠(evidence)に基づき、最良の 臨床的判断・行動をするための一連の方法論である。薬剤師の日々の仕事で、いったいどれだけのエビデンスを薬物療法に適応 しているのであろうか。

 EBMは急速な拡がりを見せているが、その一方で、「EBMは、患者の個別性には重きを置かず、集団のみに適応される概念であり、 EBMには限界がある」などと患者への適応の部分が誤解されていたり、「単に論文を批判的に読むテクニックに過ぎない」などの 誤解が生じている。EBMは、患者への適応をゴールとするが、具体的な患者への適応方法について、特に薬物療法に関しては、 漠然としている。

 そこで、P-drugの概念が必要となる。P-drugとは何なのか。治療、なかんずく薬物療法で、EBMの理論を実践する方法、それがP-drug なのである(EBMとP-drugとの関連を表1<Acrobat form> <HTML form>に示した)。EBMとP-drugの関連性を熟慮し、双方の流れを理解することで、理 にかなった薬物療法を行うことが可能となり、また薬剤師の役割を把握することに大いに役に立つ。本稿では、P-drugの基本的概念と 1999年8月に開催された第2回P-drugワークショップについて紹介する。

●P-drugの基本的概念

 P-drugとは、Personal Drugの略であり、治療者が理にかない、かつ、使い慣れた手持ちの薬を持つことを旨とする。それは薬物療法に際し 、「EBMの方法に沿って、治療者それぞれの自家薬籠中の薬を持ち、それを適切に用いなさい」という、世界保健機関(WHO)の提唱する 医薬品の適正使用を目指した治療コンセプトである。

 P-drugを活用するには、まず、あらかじめ想定される病像に応じて、a) “P-drugを選択”し、実際にb) “P-drugによる患者の薬物治療”を行う (表1)<Acrobat form><HTML form>

 a) のP-drugの選択手順は、i) 診断の定義、ii) 治療目標の特定、iii) 有効な薬品群の目録(Inventory)の作成、iv) 定義(Criteria)に従った有効な 薬物群の選択、v) P-drugの選択−の5つのステップからなる。このiv) の段階では、有効性(efficacy)、安全性(safety)、適合性(suitability)、 経済性(cost)に重きを置いて検討する。

 b) の実際に薬物治療を行う段階では、1) 患者の問題の定義、2) 治療目標の特定、3) P-drugの適切性の選択(P-treatmentを列挙する)、4) 処方せんを書く(Patient drugの選択)、5) アドバイス、6) 治療のモニター−の6ステップがある。

 このP-drugについてはWHOの『Guide to Good Prescribing(GGP)』のなかで詳しく説明されている。同書は、本来、医学部の卒前教育の一環 として用いられることを意図して作られたものである。多くの例を用いて適切な処方のプロセスが説明され、その際に臨床医に必要な技量につい ても記載されている(日本では1998年、上記『Guide to Good Prescribing』が、『P-drugマニュアル−WHOのすすめる医薬品適正使用』として、 東京医科歯科大学の津谷喜一郎氏等により訳され、医学書院より刊行されている)。医師を主に対象としているものの、薬剤師が学ぶべきことも 多く書かれている。特に、P-drugリストを作成する際の理論は重要である。また、第4部「Keeping up-to-date(情報の最新化)」ではさまざまな情報 源について詳しく説明されており、さらに訳本では[訳注]欄に日本での状況が付記されており、日常の情報収集の際の参考となる。

●P-drugワークショップについて

 『P-drugネットワーク』(P-NET-J、代表 津谷喜一郎、http://www1.sphere.ne.jp/p-drug/)主催の第2回P-drugワークショップが、1999年8月27 〜29日の3日間の日程で、大塚比叡山荘(滋賀県)にて行われた。これは、1998年の第1回ワークショップに引き続くものである。参加者は34名 で、内訳は医師21名、薬剤師7名、企業4名、事務局2名であった。今回の参加者は、前回と比べ、臨床に出て10年以内の比較的若い人が多く、 また海外からは、ネパールからの講師とマレーシアから薬理学教室の医師が参加していた。

 講師は、WHO発行の『Guide to Good Prescribing』の初期の段階から参画され、現在、International Network for Rational Use of Drug(INRUD) という世界的ネットワークで活躍されているDr. Kumud Kuman Kafle(Dept of Clinical Pharmacology Institute of Medicine, TU Teaching Hospital, Nepal)で、講義はゆっくりとした英語で行われた。

 ワークショップは、3日間にわたって、図1のようなスケジュールで、スモールグループ・ディスカッションを取り入れなが ら進められた。テキストは、Dr. Kafleが作成した資料、『Guide to Good Prescribing』、その訳本である『P-drugマニュアル−WHOのすすめる医薬 品適正使用」などを使用した。

 まず、簡単な自己紹介を英語で行った。その後、Dr. Kafleから「P-drugとはどういうものか」「どのように選んでいくのか」について講義を受け、 続いてスモールグループ・ディスカッションに入った。

 最初に行われたスモールグループ・ディスカッションは、与えられたモデルケースについて、P-drugのステップに基づいてP-drugを選択し、患者への 適応を検討していく、という形で行われた。

 実際には高血圧の薬物療法について、何冊かのあらかじめ用意された書籍を用いて検討を行った。WHO関連書籍や『今日の治療薬』『British National Formulary(BNF)』など、約50種の書籍が用意されていた。

 たとえば、A班では、医師3名、薬剤師2名、企業の人1名の計6名で班が構成され、高血圧治療に使用される薬物群に関して、efficacy、safety、 suitability、cost、を検討し、P-drugとして最も適切な薬剤群(P-group)を決定した(表2)。各評価項目につき、 書籍を参考にしながら10点満点でスコアを決めていったが、医師、薬剤師、企業の人、それぞれの薬物に関する認識も違い、何を基準にするか が討議され、スコアの点数に基づき、diureticsが選択された。

 つぎに、その薬物群の中で、日常診療において使用可能な具体的な個々の薬剤について再度efficacy、safety、suitability、cost、のそれぞれを 検討し、最終的に今回の症例患者の高血圧治療のP-drugとしてTrichlormethiazideを選択した(表3) 。このような検討をしていく中で、「効果は何でみるのか」「日常の診療現場での選び方とは違う」「いや、医師はこの順で考えている」 「でも、Diureticsは最初には選んでない」「今の日本の医療ではコスト意識はあまりない」などの意見が交わされ、日常の診療を見直す大変貴重な 体験をすることができた。各班がこのように検討し、最後に各班の代表者が全体会にてプレゼンテーションを行った。各班、それぞれの主張があり 、現場ではあまり処方されていない薬剤が選ばれていたのが、印象的であった。その後、Dr. Kafleにより、セッションの総括がなされた。

 2回目のグループ・ディスカッションでは、グループごとに症例を考え、そこから各人がP-drugを選択し、自身が医師役となり、患者役の人に病状 の聴取、治療の説明、処方せんを発行する、というロールプレイングを行った。このグループ・ディスカッションは、薬剤師としてP-drugを選ぶ際の考 え方、問診・説明の仕方など、医師の考え方を実感でき、非常に充実した時間となった。そして、それぞれの検討結果を全体会でプレゼンテ ーションし、ディスカッションを行った。このようにして、グループワークの中で繰り返し、P-drugを検討していく中で、少しずつその必要性や、医師、 薬剤師それぞれの職能の特徴が見えてきた。

 今回のワークショップは2泊3日のゆったりとした日程で、夜は参加者同士で交流する時間がとれ、昼間の講義とはまた違い、有意義な時間を過 ごした。

●まとめ

 このセミナーに参加して、“P-drugと薬剤師”を考える上で、薬剤師の役割を再考する機会が得られた。その中で必要となる知識が具体化され、 また参加にて感じた部分が多くあった。その内容を以下に列挙する。

  1. P-drugを選ぶ際には、薬に対しての客観的な情報が必要であり、EBMなどの手法を用い、情報収集・評価を行うことが必要である。

  2. P-drugを選択する際には、投与量、投与方法も含めて検討するが、その際に薬物動態学、薬力学の知識が必要である。

  3. 使用に際して、適応症性の確認、情報、指示、注意の提供、モニタリングなどは薬剤師の協力が不可欠である。

  4. 今まではっきりしなかった薬剤師のもつ情報、能力などの応用の仕方が理解できた。

  5. 薬剤師として、P-drugの“Personal”を、「病院全体」と捉え直し、院内採用医薬品の選択する基準として検討することで、治療効果の向上、 薬剤費用の削減など、治療と病院経営の両方において改善が見込まれる。

  6. 人前で英語でプレゼンテーションを行う、医師と同じ課題についてディスカッションを行うことは、自分の考えをまとめ人に正しく伝える、 ということの良い経験となった。

  7. 比較的若い人が多く参加しており、問題の共有化や多くのアドバイスが得られた。

●今後のワークショップの開催

 今回は、1998年12月6日に浜松で行われた第1回ワークショップに続き、2回目の開催であった。今後、このワークショップは1年に1回の予定で 開催される予定である。P-drugの概念、実際のグループワークによる実習など、内容の充実はいうまでもない。その他に、さまざまな医療従事者 の意見を聞くことができ、目標を持って真剣に取り組んでいる人々と出会える、普段抱えている問題を共有化できるなど、これから薬剤師業務 を行っていく上での、貴重な経験となりうる。今回のワークショップは、薬剤師の参加は7名であったが、それぞれの抱えている問題点や薬事委員 会のあり方など、P-drugからさらに発展し、P-drugの使用方法や薬剤師の役割を話し合うことができるなど、大変有意義であった。次回のワーク ショップには、より多くの薬剤師が参加し、ともにディスカッションができることを期待する。

【謝辞】
 本稿をまとめるにあたり、ご指導・ご助言いただきましたP-NET-J代表・津谷喜一郎、東京大学医学部附属病院病院将来計画推進室・折井孝男、 安藤病院・斎尾武郎の各先生方に謝意を表します。




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