第2回P-drugワークショップ
[MediApex 第207号(1999年11月15日 月曜日): 6より]

大分医大臨床薬理学・角南由紀子

 去る8月27日から3日間、滋賀にて第2回P-drugワークショップが開かれた。WHOによって提唱されているP-drug(personal drug) とは、医薬品の適正使用を目指して、エビデンスに基づき自家薬籠中の薬を選択し、それを正しく患者に用いるという概念を指す。 現在このコンセプトを正しく啓蒙することを目的として、世界各地でワークショップが開かれているが、その一環として昨年に引き続き、 第2回目のワークショップが行われた。

■医学教育の中で適正な処方プロセス導入を

 第2回P-drugワークショップ講師はInternational Network for Rational Use of Drugs(INRUD)で活躍されている Prof. Kumud Kafle (Dept of Clinical Pharmacology, Institute of Medicine, TU Teaching Hospital, Nepal)、参加者は医師、薬剤師、 製薬企業関係者等であった。昨年のワークショップは、1日間だったせいもあり、P-drugの概念についての解説に終始してしまったが、 今回はさらに「実際に適正に薬を処方する」プロセスについてワークを行うという実践的なものであった。

 これは経験のあるベテラン医師にとっては、日常診療で自動的に自然に頭の中で行っている作業かもしれないが、現在の日本の 医学教育において、そのような教育は全くなされておらず、医師になって初めて経験的にその方法を取得していく。

 ほとんどの場合、その内容は間違ってはいないと思うが、考え方は決して科学的でないことが多い。従って、今後卒前および卒後教 育の中にこのコンセプトを導入していくことは日本医療レベルの向上のためには医学教育に不可欠と考える。通常の診療の反省も 含めて大変有意義なワークショップであった。その内容を以下に簡単に報告する。

 薬物治療に先だって通常行われるのは診断である。P-drugの考え方はそこから始まる。診療場面において、診断および治療はど のようなプロセスで選択されているのだろうか。
(1)患者の問題を定義する。
(2)治療目標を設定する。
(3)治療の選択肢(アドバイス、非薬物療法、薬物療法、他医への紹介など)について検証する。
(4)治療を開始する。
(5)情報、指示、注意を与える。
(6)治療をモニターする。

 これが、ワークショップの中で示された治療手順である。これに基づいて選択した治療の中に薬物療法が含まれるならば、次に 薬物の選択をすることになる。その際に必要になってくるのがP-drugのリストである。

 つまり、通常処方している使いなれた薬物のリストである。我々どの医者も、これは少なくとも頭の中に持っているものであろう。 しかし、それが本当に科学的にエビデンスに基づいたものであるだろうか?

 ワークショップでは、そのP-drugの選択の仕方を学んだ。
(1)診断を定義する。
(2)治療目標を特定する。
(3)有効な薬物群の目録を作成する。
(4)クライテリアに従って有効な薬物群を選択する。
(5)P-drugを選択する。

 以上が選択の手順であるが、(3)で有効な薬物群をいくつか選択し、さらに(4)で選択した薬物群の中から一番治療に適した薬物群 をセレクトする。その基準は(a)安全性、(b)適合性、(c)費用−である。どれに重きを置くかは微妙な点であるが、一般に日本の場合安全 性を重視する傾向にあるように思う。費用も日本は保険でカバーされるため、あまり考慮されない。適合性とは、禁忌疾患や剤型 の制限などである。

 さらに(5)では、(4)で選択した薬物群の中から1つの薬物を選択する。その際も有効性、安全性、適合性、費用に ついて考慮して一番良いと思われる薬物を選択する。剤型も含め、投与量、投与期間も選択する。このように、P-drugのコンセプト には、薬剤名はもちろん剤型、投与方法、治療期間も含まれる。つまりは薬剤名だけでなくその使い方に習熟すべきというわけである。

■有用な薬物の使用法を確立していくかを痛感

 さらにワークショップでは実際にロールプレイを行い、診察場面での患者とのコミュニケーションのとり方も学んだ。薬物のみならず、 治療全体の適正化に繋がるというわけである。

 これらを学ぶ中で気づいたことは、薬物を選択する際に参照すべき日本の資料が少ないということである。薬の本はたくさんあるが、 前記したようなエビデンスのある情報を載せているものがほとんどなかった。結局ワシントンマニュアルやBritish National Formulary など海外の資料に頼ることとなった。

 米国やイギリス、オーストラリアなどでは、すでにエビデンスに基づいた基本的な薬物;Essential drug のリストが存在する。通常はこのリストを参考にしてP-drugの選択が行えるわけである。しかし日本にはない。これは、日本の薬の臨 床試験がそれらの国と比べて立ち遅れているのと全く無関係ではない。臨床薬理に携わる人間として、今後いかに有用な薬物の使用 方法を確立していくべきか痛感する経験であった。

 いずれにしろ、P-drugは現在の日本の医療には必要なコンセプトと考える。今後このようなワークショップが頻回に行われ、あらゆる 医学教育の場面で広まることを願う。

参考文献:P-drugマニュアル 津谷喜一郎 別府宏圀 佐久間昭 訳;医学書院



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