皆さんは処方の選び方をどうやって学んだろうか?卒前の薬理学の授業では薬物の特性、適応や副作用に焦点が合わされており実践的では ない。臨床の教科書では推薦の薬剤を教えてくれるが、なぜその治療を選択するかについてはほとんど論じられていない。卒後きちんと教わる 機会はほとんどなく、簡単な処方マニュアルの例をそのまま採用したり、先輩の処方を盗んだり、MRの勧誘で選んだり、あるいは患者の希望 を受け入れたりといったことが多いのではなかろうか。日本では処方を選ぶということは、診断などよりも軽視されていて、経験を積むことでスキル が向上していく、一種のアートみたいに考えられているところがあるようである。日本の医薬品の数は17000品目に達する。WHOの必須医薬品モデルリストでは312種である。通常一人の医師が使う医薬品の種類はせいぜい 30〜40種類と言われている。ある先生は「臨床医の能力と処方する薬の数は反比例する」と言われていたが、一人の医師が副作用も熟知して 使いこなせる薬の数は100種類も至らないのではないだろうか?模倣品や有益でない薬の数が増えると、最新の情報に基づいて、代替医薬品と 比較しながら最善の薬剤を選択することは困難となってくるだろう。
またWHOによると国民一人当たりの薬剤に使う医療費の額は日本がトップで412ドルで、2位ドイツ222ドル、3位アメリカ191ドルと続く。インドは 3ドル、中国は5ドルである。日本が経済大国だからといってこのようなアンバランスが正当化できるのであろうか。
話がそれてしまったが、今年の8月10日より3日間東中野のセミナープラザで行われた第4回P-drugワーショップに参加した。P-drugとは Personal drug、つまり自分の手持ちの薬という意味である。医師がよくみる患者の病気を治す医薬品グループのことである。効果や安全性、費用 などを改めて考えてから、医師が通常、安心して処方できる薬剤がP-drugである。そして2番目、3番目に使う薬剤も考慮されている。各医師 の考えや状況、地域によってP-drugは変わってくる。すべての医師にとってのベストの薬やガイドラインを提供するものではなく、処方の考え方を 教えるもの、つまり問題解決指向型の薬物療法の理論を教えるものである。オランダの臨床薬理学の先生が学生の教育に開発したものが原型 となり, WHOが発展させたものである。現在ヨーロッパ、アジアの国々などで学生教育に利用されている。
ワークショップは昨年まではすべて英語で進められ、参加者に外国人が多かったようだが、今年より日本語の進行になった。小生は英語が苦手 なので、昨年は躊躇したが、今年はこれはチャンスと思い参加した。参加者は医師、薬剤師、製薬会社関係等17人であった。テキストには一般 販売されている「P-drugマニュアル」(医学書院)が指定され、これを予め読んでくるよう勧められていた。
第1日目は、EBMに則った薬の選択とP-drugの関連、合理的な処方の6つのプロセスについて講義された。P-drug選択には、Step1 診断の 定義、Step2 治療目標の特定化、Step3 薬物郡の目録作成、Step4 クライテリアに従って有効な薬物郡を選択、Step5 P-drugを選択という 5段階がある。薬物の選択の時には、各薬剤に対して有効性、安全性、適合性、コストが評価採点され、その総合点で第1、2、3選択薬が 決められる。各P-drugは、剤型、投与方法、投与期間も決められる。適切な治療の手順は、Step1 患者の問題を定義、Step2 治療目標を特定 化、Step3 すでに選ばれているP-drugが適切であるか検討、Step4 治療を開始、Step5 情報、指示、注意を与える、Step6 治療をモニターする という6段階で、EMBの5段階とどこか似ているところがある。高血圧の治療を例にデモンストレーションがされた。
続いては内容ががらりと変わり、問題解決型学習(PBL)、自己学習型学習(SDL)の方法論について普段参加者はどう感じ、実践しているか discussionが行われた。
2日目は6人ずつのグループに分かれて順番にファシリテーター役となり、先の6段階を他の参加者に行わせるという実習であった。我々の グループでは、比較的落ち着いた喘息患者の治療をテーマに選んだ。最初ファシリテーターの役割がよくわからず、またファシリテーター自身も P-druの概念を十分認識できていなかったので難渋した。スタッフが真のファシリテーターとして部屋の端でモニターしているのだが、真のファシリ テーターは滅多に意見を述べてくれないのである。しかし真のファシリテーターのわずかなアドバイスを基にして試行錯誤していくうちに何となく 6つのプロセスが理解できてきた。おそらく真のファシリテーターが全部説明していたら、表面的にしか理解出来なかったであろう。
有効な薬物郡の選択のところでは、EBMに基づいて薬剤を評価するのであるが、会場での資料が限られており、インターネットにアクセスする 時間があればよいと思われた。特に日本の薬剤はEBMの評価材料が乏しく、どうしても主観的経験的と成らざるを得なかった。また有効性、 安全性、適合性、コストそれぞれの比重の置き方で選択薬の順がガラリと変わるので、慎重に議論がされた。普段あまり交流がない薬剤師 の意見が聞けたり、途中からロールプレイ形式になったりと有意義な時間であった。
全員がファシリテーター役を一通り体験した後、お互いがそれぞれのファシリテーター役としての評価を下すのである。普段ピアレビューに慣れて いないので戸惑ってしまった人が多かったのではないか。そして最後にグループごとの結果を発表した。
3日目はまた内容がガラリと変わり、教育後の学生の評価と試験に関しての講義があった。その後は各自が今後どのようにしてP-drugの考え方 を普及していくか発表しあい会を閉じた。
終わってから気づいたこととして、このワークショップは本人の行動改革にとどまらず、全員がP-drugについての指導者となり、また外へ普及さ せることが目標であったのだ。日本のワークショップにはあまり見られない発想である。またこのワークショップは成人教育の理論に基づいたSDLの 形態であり、資料に分厚い教師マニュアルまでもらい、大学での教育に大変役立つ内容であった。
慣れないうちはP-drugリストの作成はとても時間がかかるものである。一方一度身に付いた処方習慣は修正するのがとても難しいと言われている。 このワークショップに参加した方々は、まず職場で実践してロールモデルとなって周りに普及させるのが望ましいであろう。できれば卒前教育に P-drugが導入されるのがベストであろう。
このワークショップは今後も定期的に開かれる予定であるらしい。「P-drugマニュアル」を読んでもある程度概要はつかめるが、自分自身最初 読んでもあまりピンとこなかった。P-drugの概念に興味を持った方は、実際にワークショップに参加して、いろんな職種の方と議論しながら体験しても らうことが修得の早道ではないかと思われる。今後の予定などはP-drugネットワークのホームページに詳細がある。URLは http://p-drug.umin.ac.jp/であるので参照されたい。