知っておくべき新しい診療理念
テーマ:パーソナルドラッグ
[日本医師会雑誌 第131巻第1号平成16年1月1日号: 72-3より]

昭和大学医学部第二薬理学教室・内田英二

1.この理念の定義

 パーソナルドラッグ(P-drug)とは、「自家薬籠中の薬」の意味である。「薬籠」とは江戸時代の印籠のようなもので、 患者に処方を出す際に選択する医薬品に関して、あらかじめクライテリア(基準)に沿った吟味を行い、自分の「薬籠」に 置いて使用する医薬品をP-drugと呼ぶ。クライテリアは、有効性、安全性、適合性、費用、である。P-drugとは単に医薬品 の名前を示すだけでなく、それを選択する一連の過程も含んだ概念である。薬籠に入れる医薬品を選択する過程は、 適正な薬物療法を学ぶ手段と一致することが重要である。P-drugリストを作成する利点は下記にある:

@薬物の主要な特性と副次特性を区別できるようになり、薬物の治療的価値を決めることが容易になる;薬物の有効性・ 安全性に関する臨床エビデンスのサーチ、患者への適合性、治療に係わる総費用の見積もり、などを考慮する。
A自分自身でP-drugリストを作成することにより、P-drugが利用できないとき(例えば、重篤な副作用、禁忌、入手不可能、 標準治療薬が利用できない、時など)、代わりの薬を選ぶことが容易になる;治療現場で患者への適合性を考慮する。
B患者へ伝える情報の整理ができる。
C新薬についての様々な情報(新しい副作用、適応、等)を効果的に評価することができるようになる。

2.この理念の生まれた背景

 自分の「薬籠」の中に入れる薬をどのように選択するか、についての教育は医学教育の中で系統的に行なわれてこなかった。 これは日本だけの問題ではなく、その教育が不十分なために医薬品の不適切な使用が行なわれ、医薬品による医療事故が世界中で 問題視されるようになった。医薬品の適正使用の教育を系統的に行なうために、オランダのグローニンゲン(Groningen)大学の 臨床薬理学教室が、WHO(世界保健機構)との協力で最初のカリキュラムを策定した。このWHOの勧める医薬品適正使用の考え方は、 問題学習型(Problem-based learning)の手法を通じて、問題解決型(Problem-based solving)の治療を行うための適正な方法を推奨している。 この考え方が教育方法として有効であることを示すエビデンスを得るために、7カ国の学生を対象としてランダム化比較試験を行い、 短期間の薬物療法研修の効果を報告した論文が Lancet (1995; 346: 1454-57)に掲載されている。

3.この理念の実践

表.P-drugの選択と患者の治療  P-drug選択のガイドラインには、6つのステップがある。P-drugリストの作成となるこの6つのステップは、個々の患者の治療の前に 行っておくことが重要である(表)。

Step i.:診断を定義する;例えば、単に糖尿病ではなく、性・年齢や合併症の種類(有無)も定義づけしておくことも1つの方法である.
Step ii.:治療目標を特定する;治療によって何を達成したいのかを明確にすること、例えば、発作の防止、症状の寛解、合併症の防止、など.
Step iii.:適応のある有効な薬物群の目録を作成する;我が国で適応症のとれている薬物群の抽出を行う.
Step iv.:クライテリアに従って有効な薬物群を選択する。クライテリアは、有効性、安全性、適合性、費用の4つで、これらにそれぞれ点数を割付ける。
 @有効性:臨床試験の結果と共に、薬力学と薬物動態学(吸収,分布,代謝,排泄)のデータも考える.
 A安全性:可能性のある副作用,毒作用をまとめて比較する.
 B適合性:最終的なチェックは個々の患者について行われるのでリスト作成時には、扱いやすい剤形(錠剤,液剤,散剤など) や服用法を考慮する.
 C費用:医療費が国,保険会社,組合,あるいは個人によって負担されていても,治療費は常に重要な選択の基準である.処方単位の費用ではなく, 常に治療期間を考えた総額を考える.
Step v.:Step ivで選択した薬物群の中からP-drugを選択する。この時のクライテリアも、4つ、有効性・安全性・適合性・費用である;個々の薬物の 抽出を行う。P-drugを選択したら、下記の3つをまとめる;
 @活性物質とその剤型を選択すること
 A標準用量計画を選択すること
 B標準治療期間を選択すること
Step vi:最後に、Step vの結果と患者に伝える情報・指示・注意、等を自分の処方集(P-drugリスト)として記載しておく。

 このプロセスにより、自分の処方集ができあがる。特殊なケースを除いて、1人の医師が長期間の日常診療で使用する医薬品の数は 40〜50種類といわれており、それほど多いものではない。それらの長所・短所を自分でまとめることにより、患者へ適切なアドバイスが与えられ、 医薬品による医療事故の防止にもつながることと思われる。自分の処方集は新しいエビデンスにより定期的に更新する必要があり、 自分自身の情報源を持つことは、自分の処方集のアップデートに欠かせないことである。この点からも、他人の作成した処方集に頼ろうとしても 自分自身にとってメリットはない(患者への責任は常に自分にある)、ことがいえる。

4.この理念の海外での趨勢と日本の現状

 医薬品の適正処方の考え方を推奨するP-drugの概念は、WHOにより1995年にGuide to Good Prescribing(GGP)として出版された。 GGPは現在世界20カ国語に翻訳されており、日本語版は、「P-drugマニュアル、WHOのすすめる医薬品適正使用」として医学書院から 1998年に出版されている1)。世界のいくつかの地域で、英語、フランス語、スペイン語を用いた、ワークショップが開催されている。日本では P-NET-J(P-drug Network in Japan)を中心として、1998年から2-3日のコースで毎年1回ワークショップを開催している。詳しくは http://p-drug.umin.ac.jp/を参照していただきたい。ワークショップの参加者が、各病院、各大学に戻り医師あるいは医学生の教育に 反映させている。

5.さいごに

 医師は自分の患者を治療する際のすべての医学的判断に責任がある。そのために、エビデンスに基づいた論理的な医薬品適正使用の プロセスを身につけることは、極めて重要である。自らが納得しかつ他者に納得してもらえる意思決定を行なうことが、説明責任を果たす ことにつながると考える。



参考文献
1)津谷喜一郎、別府広國、佐久間昭(訳):P-drugマニュアル、医学書院、1998.

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