P-drugと適正な薬物療法
[治療 2002; 84(1): 160-1より]
昭和大学医学部第二薬理学・内田英二
はじめに
日本における医学教育を考えると、適正な薬物処方の教育は十分とは言えません。ここ数年の間に、
誤った処方のために、本来避けられるはずの悲惨な医療事故が何件も報告されています。医師は自分の
患者さんを治療する際のすべての医学的判断に責任があります。そのために、エビデンスに基づいた
論理的な医薬品適正使用のプロセスを身につけることは、極めて重要です(表1)。医薬品の適正使用の
教育に関しては、世界的にも同様の問題があるため、WHOは1995年に、Guide to Good Prescribing(GGP)
を出版いたしました。GGPは日本語に訳され、「P-drugマニュアル、WHOのすすめる医薬品適正使用」として
医学書院から1998年に出版されています。
Guide to Good PrescribingとP-drug
WHOの勧める医薬品適正使用の考え方は、問題学習型(Problem-based learning)の手法を通じて、
問題解決型(Problem-based solving)の治療を行うための適正な方法を推奨しています。
P-drug(personal drug)とは、「自家薬籠中の薬」です。患者さんに処方を出す際に選択する医薬品に関して、
あらかじめクライテリアに沿った吟味を行い(表2)、自分の薬籠に置いて使用する医薬品のことです。
自分のリストを作成(表3)しておく利点は、@薬物の主要な特性と副次特性を区別できるようになり、
薬物の治療的価値を決めることが容易になります。A自分自身でP-drugリストを作成することにより、
P-drugが利用できないとき(例えば、重篤な副作用、禁忌、入手不可能、標準治療薬が利用できない、
時など)、代わりの薬を選ぶことが容易になります。B新薬についての様々な情報(新しい副作用、適応、
等)を効果的に評価することができるようになります。
適正な薬物療法実施のために
米国での調査によると、薬物療法での医療事故の要因には、@間違った薬剤名、剤型、略称の使用、
A不正確な投与量の計算、B危険な用法・用量、C薬剤の変更を必要とする腎機能や肝機能の低下、
D同種同効薬に対するアレルギー歴、等があげられています。これらの要因は、P-drugの考え方を適用
することによりかなりの確率で防止できるはずです。
医学部で学ぶ薬理学の教育は「薬物中心」で薬理学的な主作用・副作用の説明に焦点があてられてい
ます。一方、臨床現場では診断から、治療目標の設定、薬物の選択へと逆のプロセスがとられます。臨床
実習は「診断学中心」であり、「なぜある特定の治療法が選択されるか」の説明や、選択方法の合理性
についての討議が中心となることは多くありません。また、臨床医学の教科書や治療ガイドラインは
推薦治療を示してくれていますが、なぜその治療法が選択されるかの説明が記載されていることは希です。
適正な薬物療法を実施するためにも卒前・卒後の医学教育の中にP-drugのコンセプトを取り入れていくこと
が必要です。
P-drugホームページへ戻る
日本でのP-drug関係論文・記事リストへ戻る