P-drug-処方するものにとっての薬の選択と患者の治療
Personal drugs selection and its role in rational treatment
[臨床評価(Clinical Evaluation) 2001; 28(3): 521-5より]

昭和大学医学部第二薬理学・内田英二

はじめに

 医師は臨床の現場でいかにして自分の処方を決定するのであろうか。薬理学の教育は「薬物中心」で薬理学的な主作用・副作用の 説明に焦点があてられている。一方、臨床現場では診断から治療目標の設定、薬物の選択へと逆のプロセスがとられる。臨床実習は 「診断学中心」であり、「なぜある特定の治療法が選択されるか」の説明や選択方法の合理性についての討議が中心となることは少ない。 また、臨床医学の教科書や治療ガイドラインは推薦治療を示してくれるが、なぜその治療法が選択されるかの説明が記載されている ことは少ない。医師は自分の患者を治療する際のすべての医学的判断に最終的に責任があり、倫理的な医薬品の適正使用のプロセスを 教育することはきわめて重要である。このためにWHOから1995年に出版された“Guide to Good Prescribing”(GGP、日本語訳 :P-drugマニュアル、WHOのすすめる医薬品適正使用、医学書院、1998)の内容を簡単に紹介する。

1.Guide to Good PrescribingとP-drug

 GGPは問題解決型の治療を行うための適正な方法を、problem based learningの手法を取り入れ、推奨している。GGPが 教育方法として有効であることを示す具体例として短期間の薬物療法研修の効果を報告した以下の論文がある:Vries de TPGM, Henning RH, Hogerzeil HV, et al: Impact of a short course in pharmacotherapy for undergraduate medical students: an international randomized controlled study. Lancet 1995; 346:1454-7.

 薬物療法は下記2.に示す適正治療の流れの1部分であることを再認識することが必要である。P-drug(personal drug)とは「自家薬籠中の 薬」の意味である。患者に処方を出す際に選択する医薬品に関して、あらかじめクライテリア(有効性、安全性、適合性、費用)に沿った吟味を 行い、自分の薬籠(リスト)に置いて使用する医薬品のことである。日本においては、現東京大学大学院の津谷喜一郎客員教授と私が中心となり 1998年から毎年1回のワークショップを開催している(http://p-drug.umin.ac.jp/を参照)。

2.適正治療

 適正治療の手順を下記に示す。これらは個々に独立しているが前後に関連した一連の流れとして捉えること、かつ自分が現在どの段階に いるのかを十分認識することが重要となる。

 (1)患者の問題を定義する。
 (2)治療目標を特定する(治療によって何を達成したいか?)
 (3)P-treatmentが適切かどうか検討する(有効性と安全性のチェック)
 (4)治療を開始する(処方箋を書く)
 (5)情報・指示・注意を与える。
 (6)治療をモニター(中止?)する。

fig.1 3.P-drugの選択

P-drug選択のガイドライン


 P-drug選択のガイドラインを下記に示す。前述したがP-drugリストの作成となるこのステップは、一般的な疾患を対象として個々の患者の 治療の前に行っておくことが重要である(Fig. 1)。

 (1)Step i.診断を定義する

 (2)Step ii.治療目標を特定する

 (3)Step iii.有効な薬物群の目録を作成する

 (4)Step iv.クライテリアに従って有効な薬物群を選択する
   @有効性:薬力学と薬物動態学(吸収、分布、代謝、排泄)のデータをも示し比較する。
   A安全性:可能性のある副作用、毒作用をまとめて比較する。
   B適合性:最終的なチェックは個々の患者について行われ、禁忌、生理的状態(妊娠、小児、高齢者、授乳期など)、合併症、食物や他の 薬物の影響など各種の側面を考慮してP-drugを選択することになる。扱いやすい剤形(錠剤、液剤、散剤など)や服用法も考慮するべきである。
   C費用:医療費が国、保険会社、組合、あるいは個人によって負担されていても、治療費は常に重要な選択の基準となる。処方単位の費用 というよりは、常に総額を考えるべきであり、費用の計算は個々の薬物の選択にあたり現実的な問題である。

 (5)Step v.P-drugを選択する
   @活性物質とその剤型を選択する
   A標準用量計画を選択する
   B標準治療期間を選択する

4.患者の治療

 目の前の患者の治療に対しては下記のステップが適用される。

 (1)Step 1.患者の問題を定義する
   ・疾患あるいは障害
   ・基礎疾患の徴候
   ・心理的あるいは社会的な問題、不安
   ・薬物の副作用
   ・入れ替え作業(多剤投与)
   ・治療不遵守
   ・以上の要因の組み合わせ

 (2)Step 2.治療目標を特定する
   治療によって何を達成したいか
   本当の問題は何か→治療方法の選択を容易にできる

 (3)Step 3.P-drugの適合性を確認する
   @活性物質と剤型は適切か
   A用量計画は適切か
   B治療持続期間は適切か
  @、A、Bについて以下をチェックせよ
  有効性(適応、便宜性)
  安全性(禁忌、相互作用、ハイリスク集団*)
    *:ハイリスク因子
      妊娠、授乳、幼小児、高齢者、腎不全、肝不全、薬物アレルギーの既往、合併症、併用薬

 (4)Step 4.処方箋を書く

 (5)Step 5.情報・指示・注意を与える
   @薬物の効果:どの症状が消えるか、それはいつごろか、その薬物を使用することがどれほど重要か
   A副作用:どのような副作用が生じうるか、副作用をどのように知るか、どれぐらい持続するか、どの程度に重篤か、副作用が起こったら どうするか
   B指示:いつ用いるか、どのように用いるか、どのように保存するか、どのくらい治療を続けるか、問題が起こったときにはどう対処するか
   C注意:何をしてはいけないか(自動車運転、機械操作、高所作業)、最大用量(毒性薬物)、治療持続の必要性(抗生物質)
   D次回予約:次回はいつ来院するか(あるいは必要なし)、どのような場合早めに来院すべきか、残った薬物をどうするか、次回までに どのような情報を求めるか
   Eすべては明確か?:患者はすべてを理解したか、患者は情報を反復できるか、患者はほかの疑問をもっていないか

 (6)Step 6.治療をモニター(中止?)する
   治療は有効であったか?
   A.有効
      →治療を終了
   B.有効だが不完全
      →何らかの重篤な副作用は?
        (−):治療を継続
        (+):用量ないし薬物選択を再検討
   C.有効でない
      →すべてのstepの吟味
       ・診断は正しいか?
       ・治療目標は正しいか?
       ・P-drugはその患者に適切か?
       ・患者への指示は正しいか?
       ・効果のモニターは正しいか?

5.情報の最新化:薬物の情報をどのように最新化するか

 P-drugの選択にあたっては、最新のエビデンスを活用すべきである。また、P-drugリストはそれによってアップデートされるべきである。 利用できる情報源の種類を明確にし、それぞれの長所・短所を明らかにしておくことはとくに重要である。最終的には自分の情報源を 選択しておくことである。情報源としての例を下記に示す。

1)参考書:2〜5年毎に改定されるもの
 ・Goodman & Gilman “The Pharmacological Basis of Therapeutics
 ・Laurence & Bennet “Clinical Pharmacology
 ・Avery “Drug Treatment
 ・日本臨床薬理学会「臨床薬理学」
 ・“Clinical Evidence”(1999年より半年に一回刊行)

2)薬物概要
 ・Physician' Desk Reference (PDR)
 ・British National Formulary

3)必須医薬品の国定リストと治療ガイドライン
 ・必須医薬品の国定リスト(日本には無い)
 ・WHOモデルリスト

4)医薬品集

5)薬物情報刊行物(週刊から季刊)
 ・Drug & Therapeutics Bulletin(英国)
 ・Medical Letter(米国)
 ・Australian Prescriber(豪州)
 ・「正しい治療と薬の情報」

6)医学雑誌
 総説論文や研究報告が活字になってもこれらが科学的基準をみたしているとは限らない点に注意

7)口頭の情報
 専門医師・同僚・薬剤師・薬理学者

8)医薬品情報センター
 ・日本薬剤師会中央薬事情報センター
 ・日本中毒情報センター
 ・医薬品副作用被害救済・研究振興調査機関(医薬品機構)
 ・製薬企業の「薬相談室」

9)電子媒体化された情報
 ・The Cochrane Library: Systematic Review
 ・American Journal Club

10)製薬企業という情報

おわりに

 P-drugの選択に際して考慮する必要がある事項は下記のとおりである。

1)P-drug、必須医薬品、標準治療ガイドライン
 日本の承認製剤数は約17,000種類存在する。また、WHO必須医薬品リスト(第11版1999年12月)には312種類が掲載されている。しかし、 個人の医師として日常使用する医薬品数(約80%の患者さんに対して)は40〜60種類である。言い換えると、それだけの数の医薬品を 自分のP-drugリストに載せておくことで日常診療の大部分に対応できるということになる。

2)P-drugとP-treatment
 あらゆるP-treatmentがP-drugを含むわけではない。P-treatment(治療)とは、助言と情報、非薬物療法、薬物療法(P-drug)、専門医の 紹介、上記の組み合わせ、を含むものである。

3)P-drugリストの作成に採用してはいけない方法
 P-drugの選択に際しては有効性・安全性のエビデンスを理解することが必要であり、下記のことを考慮する必要がある。

(1)常に自分自身で考えること:患者の健康に責任を持つのは自分自身であり、責任を他人に委譲するわけには行かない。専門家の見解や ガイドラインは必ずしも自分の患者に適用できるとは限らない。

(2)自分自身でリストを作成することにより、薬物の主要特性と副次特性を区別できるようになり、薬物の治療的価値を決めることが容易になる。

(3)自分自身でP-drugリストを編集することにより、P-drugが利用できないとき(重篤な副作用、禁忌、入手不可能、標準治療薬が利用できない、 など)に代替薬がわかるようになり、代わりの薬を選ぶことが容易になる。

(4)新薬についてのさまざまな情報(新しい副作用、適応、など)を効果的に評価することができるようになる。

 医師にとって、一度身につけた処方習慣を変えることは簡単なことではない。また、P-drugリストの作成にはかなりの時間と労力がかかるため、 卒前教育の段階で始めることが望ましいと考える。P-drugリストは常に新しいエビデンスに基づいて更新されねばならず、新しい情報の効果的な 評価方法に関してもGGPは有用であると考える。今後の課題は、GGPの教育者の養成と卒前・卒後の医学教育にGGPを 具体的にどのように取り込んでいくか、である。

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